紀子さまの実家は今どこ?眞子さまの自由恋愛は親譲り。

皇室
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秋篠宮の長女・眞子さまの
結婚がなかなか進まない中
先日、眞子さまが結婚に対しての
”お気持ち”を表明されました。

母親の紀子さまは
一般の家庭から皇室に嫁ぎましたが
実家はどこなのか?
秋篠宮さまとの出会いや結婚に至るまで
眞子さまと似ている所がありました。

今回は紀子さまの実家や
二人の馴れ初めについても
紹介します。

紀子さまの実家は今どこ?

紀子さまの実家は、紀子さまの指示によって
赤坂御用邸の中にあると言われています。

赤坂御用邸には
皇族しか住むことができない
はずなのに
川嶋家の一族は
皇族特権を与えられているというのです。

川嶋家

紀子様は結婚の名前は
”川嶋紀子”
父・母・弟の4人家族です。

父・川嶋辰彦 (かわしま たつひこ)
生年月日 1940年4月20日
職業 学習院大学名誉教授

弟・川嶋舟(かわしま しゅう)
生年月日 1973年
学歴 学習院高等科⇒麻布大学獣医学科⇒東京大学大学院農学生命科学研究科
職業 東京農大准教授

この広大な敷地のどこかに
皇族でもない川嶋家が住んでいるのです。

秋篠宮一家と同居しているかもしれません。

紀子さまの家柄は?

当時、秋篠宮様との結婚が発表されたとき
紀子さまの事を
「平成のシンデレラ」
「3LDKのプリンセス」
と報じられました。

大学教授の娘と聞くと、
一般には裕福な家庭に聞こえますが
皇室からみたら”普通の家庭”です。

しかも父親が教授職に就いたのも
紀子さまが婚約の内定をしてからだといいます。

紀子さま一家は
当時学習院大学の職員専用の
共同住宅に住んでいました。

広さは70㎡ほどでテレビが無く
家賃は33000円家族4人で11年住んでいました。

*現在、その共同住宅は
取り壊しされています。

小室親子

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紀子さまと秋篠宮との馴れ初め

紀子

紀子さまと秋篠宮が出会たのは、学習院大学の書店。

紀子さまに一目惚れした秋篠宮様が、
立ち上げたばかりの「自然文化研究会」
というサークルに誘ったのがきっかけ

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私ならこんな怪しいサークルに
入る気にもなりません。

「好きになった人がたまたま皇族だった」
と表向きは
かわいらしい
受けのいい発言されていますが
本当のところは違いました

紀子さまには
壮大な計画がありました。

それは
「皇族になりたい」

同級生にはそう話していたそうです。
近隣の男子生徒からは、
かわいい子がいると有名だった紀子さま

誰でも最初は見た目から入りますから
もしかしたら秋篠宮様も
”かわいい子がいる”
というウワサが入っていたのかもしれません。

計画的に秋篠宮に近づき、
サークルに入り
距離を縮めていきました。

紀子さまの父親は
学習院大学の大学教授です。
秋篠宮様との交際をリークしたのも
紀子さまの父親ではないかと言われています。

取材に行った記者は
紀子さまに取材をし
結婚せざる得ない状況を作った。

まわりから固めていったということ

家族ぐるみで秋篠宮様との
結婚包囲網を固めいったことがわかります

父親が紀子さまのことについて
御所に乗り込んで恫喝したのは有名な話。

家族ぐるみで紀子さまを
皇室に入れるべく様々な計画を実行しました。

紀子さまと秋篠宮の自由恋愛

どこの家でもありえることなのかも
しれませんが2番目って、
上の子がいる分慣れている部分もあり
甘やかしたり放任なところってありますよね。

天皇家でもそれは例外ではなかったのか
長男のはいずれ天皇になる
ということから幼い頃から
厳しく教育されていた、
一方で秋篠宮さまは自由奔放に育てられたようです。

その結果、

  • 弟が兄(皇太子)より先に結婚する
  • 昭和天皇が崩御されて喪中

順序を重んじる皇室にいおいて、
兄より先に結婚することに
宮内庁の一部からは反対されていた。

秋篠宮様が紀子さまにプロポーズしたのが1986年6月
大学近くの交差点の信号待ちだったそうです。
婚約内定発表は1989年9月。
3年後の
1989年の1月に
昭和天皇が崩御され
喪が明けていないのに
結婚を強行した

眞子さまの周囲に反対されても押し通す意志の強さは父譲りですね

まとめ

今回は紀子さまの実家
について調査しました。
普通の家庭の娘から
皇室に嫁ぐには家族ぐるみの計画と
皇室に嫁がせることだけでなく
自分たちも恩恵を受けらるように
長期計画をしていたことがわかりました。

また自分たちの
結婚に至るまでの
様子が今回の眞子さまに
似ていることから
結婚を認める発言をされたのも納得です。

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